松の内が終わった後の、お正月飾りは、お清めをして処分しましょう

最終更新: 2019年1月5日


お正月休みも終わり、来週の月曜日で、関東地方は松の内が明けます。

松の内とは、元旦にお迎えした歳神様が滞在している期間で、この間は門松を玄関に立てておきます。

松の内は、地方によって7日まで、15日までとありますが、関東地方は7日までです。

それは、江戸時代1657年1月18日、「明暦の大火」がおき、江戸城を含む、江戸の町の大半が消失する災害がおきました。

乾燥した空気と、関東平野に吹き下す強い風は、あっという間に江戸を燃やし尽くしてしまったのです。

それをきっかけに、燃えやすい松の飾りは、小正月の1月7日に撤去することになりました。奉行所から1662年(寛文2年)に出された、お触れ書きによるものです。この時同時に、路上喫煙も禁止されています。

つまり、松飾りの撤去は、防火対策の一環だったのです。


「明暦の大火」以降、江戸の防火対策が進んで、広小路と言われる、防火用道路も作られ、現在の上野広小路もその一つとなっています。ところが、広小路は道幅が広いため、道路脇に屋台や、見世物小屋、茶屋などが立ち並ぶようになり、大変な賑わいを見せて、やがて江戸歌舞伎の発祥の地ともなり、江戸文化の発信地となりました。

「明暦の大火」は、「振袖火事」とも呼ばれます。恋煩いで亡くなった娘の供養に形見の振袖を護摩の火に投げ込むと、火のついた振袖が突風に煽られ舞い上がり、そこから大火へとなったという因縁話から、いつしかそう言われるようになりました。

これは、のちに、井原西鶴の「好色五人女」4巻「恋草からげし八百屋物語」、歌舞伎や浄瑠璃など多くの作品を生み出した、八百屋お七の話に繋がっていきます。


松飾りの撤去は、松上がり、松納めなどと言われ、外した後は左義長として神社でまとめて焼きます。最寄りの神社に持込めば、1月15日に「どんと焼き」でまとめて燃やします。

近くに神社がない、時間がないなど、神社に持ち込めない場合は、塩をふって紙に包んで、燃えるゴミとして処分しましょう。

お正月飾りは、神具として扱われるので、火によって清められ、天に帰っていくと考えられています。

そのため、お正月飾りは、毎年新しいものを用意して飾りましょう。